遭遇



 ぎゅう、と円が仮面を被った男の胸元に抱きついた。愛しげにそのたっぷりとした服を掻き分けて、まるで子犬が母の乳を求めるように無邪気に甘える。
 かの残虐さはもうどこにもない。
 草野はその変貌に、ただただ目を丸くした。
「油断するなよ、ロージー。」
 六氷と火向はまだ警戒している。草野は緩んでしまった気持ちを引き締めて、キッと前を見据えた。円は油断しているようなふりをしているだけかもしれない。何しろ、あの仮面の男も、おそらく自分達の敵であることに代わりはないのだ。

「円様、そろそろ戦いに戻られた方がよいのでは?」
 じんと響くような涼やかな声で、仮面の男はそっと円に進言した。それでも声は笑っていて、からかうような甘みがある。
「ほら、相手方が待ちくたびれていらっしゃる。」
「…終わったら、僕の髪を梳いて、頬にキスをして、寝るときにはお気に入りの本を読んでくれる?」
「円様のお望みとあれば、喜んで。」
「ふふっ。」
 鈴を転がすような笑い声で、麗人はようやくこちらに顔を向けた。そのまま、するりと仮面を上にずらす。

「―――え…?」

 草野が、空気が漏れるような声を出したのを最後に、場に静寂が訪れる。

「ふふふっ。」
 まるで子供が悪戯をしかけたような無邪気な笑みが、一層深まる。円はちらりと六氷の顔をのぞき見た。
「びっくりした? ムヒョ。」
 仮面の男は苦笑いをして、円を抱き寄せた。
「御戯れを、円様。まだ少々早かったのでは?」
「だって、驚かせてやりたかったんだもの。」
 くすくすと笑い続ける円に、草野は混乱したまま六氷の顔を覗き込む。
「ど、どういう、こと?」
「…コッチが、聞きてぇなァ?」
 六氷がじりりと薄い笑いを顔に貼り付けて、仮面の男を睨む。
 仮面の男はにやりと笑って、六氷に手をさし伸ばした。
「…私のことを、忘れたか。」

 その顔は、六氷とあまりにも酷似していた。

「な、何…?」
 驚きで、草野は何も言えない。さっと視線をめぐらせると、火向も同様のようだった。六氷はうすっぺらな笑みを貼り付けたまま、微動だにしない。

「…この子は、可愛そうな子だ。私と同じ、大切なものを理不尽に奪われ、混乱している。」
 まるで芝居でも見ているかのようだ。
 六氷にひどく似ているその男は、円を胸に掻き抱き、独白のようにセリフを繋いでいく。
「だからこそ。」
 甘い低い声が、辺りに響く。
「私は、この子を守ろうと思ったのだよ。
 たとえお前と敵対してでも、な。不肖の息子。」

「…テメェの妻が死んだくらいで、禁術に手を出して魔法律界を負われてる馬鹿親父に、不肖の息子呼ばわりされたくねぇな。」
「手ひどいな。」
 くっくっ、と喉の奥で笑う。
 その仮面の男に、円は擦り寄った。

「ムヒョがいらないなら、ムヒョのお父さん、僕にちょうだい?」
「はっは、」
 男は肯定するように、そっとその白い頬に口付けた。




管理人サイトの日記に出したパパ第一号(笑)。
パパエン唐突に始まり唐突に終わる小説です…。
拍手で色々反応いただけてうれしかったですーvv
ありがとうございました!